真夜中のカスP

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それでは、どうか真夜中に深夜ラジオを聴くようなノリで、このディープ(?)なブログをお楽しみください。

中国の元末から明にかけて世に出た4作の長編小説を「四大奇書」と呼び、「三国志演義」、「水滸伝」、「西遊記」、「金瓶梅」の4作が挙げられます。前3作は誰でも名前は知っていますが、「金瓶梅」は一般的には知られていない。前3作のような英雄譚や冒険譚ではなく、昔の所謂「昼メロ」をエロくした…菊池寛の「真珠夫人」とか国友やすゆきの「幸せの時間」のような感じ。「金瓶梅」の主人公・西門慶も「続・幸せの時間」の主人公・牧原良介と重なるところがある悪党の類。当時の価値観や風俗、中国社会を知る資料として重要視される側面が強く、痛快とか心躍るといったエンターテインメント性は弱いので、日本では馴染みが薄い。イラストレーターのTony氏が、「金瓶梅」に登場する美女たちの名前を借りて「艶娘幻夢譚」という同人小説をリリースしています(物語は「金瓶梅」とは何の関係もない)。ちなみに「金瓶梅」を「紅楼夢」と取り替えて、他の3作と合わせて「四大名著」と称することもあります。
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「水滸伝」は北宋(あのマ・クベの壺の北宋)末期、お尋ね者や賊徒、やくざ、無実の罪を着せられた役人等、ワケありの108人が梁山泊に集結し、奸臣高俅(実在の人物)を倒すために立ち上がるという話。アウトローの集まりを「梁山泊」などといって気取るのはこの「水滸伝」が由来。
ただ、「三国志演義」や「西遊記」は日本人に親しまれているのに、「水滸伝」はいまひとつ振るわない。これはまず、中国人には何でもないかもしれないけれど、日本人には馴染めない描写が作中多分にあるからでしょう。旅人に痺れ薬を飲ませて金品を奪って殺し、「人肉饅頭」を作って売る居酒屋の女将(孫二娘)が何も悪びれることなく仲間に加わったりする。私は中学時代に岩波ジュニア文庫版で読んだのが最初ですが、朱同を仲間に引き入れる辺りのくだりは「ええッ!?」と仰天してしまった。このセンスは日本人にはない。もうひとつ、最後主人公たちが報われず、すっきりしない結末だからというのもあるかもしれません。

そんな「水滸伝」がゲーム化したのが、光栄(現コーエーテクモ)が「信長の野望・戦国群雄伝」の4カ月後、1989年3月にPC8801でリリースされた「水滸伝・天命の誓い」。マップは「三國志」っぽいのですが、目的は中国統一ではなく、北宋を仕切っている奸臣・
高俅を倒すこと。どれだけ勢力を拡大しても、肝心の高俅を倒さないまま1127年を迎えると、あの「靖康の変」(中国の北半分を北方騎馬民族の国家・金に奪われてしまう史実上の事件)が起こりゲームオーバー。とはいえ高俅を倒すためにはある程度勢力を拡げて力をつけねばならず、その過程でその土地にいる人物をスカウトしたり戦争で捕虜にした者を誘ったりして人材を増やします。ただ、このゲームの難しいところは、能力の高い人物は自身の名声がある程度の域に達していないと迎えることができないところ。だから最初の頃は、
「キン肉マン」でいえばカニベースやチエノワマンしか仲間にできず、
最初に仲間にできる人物
ロビンマスクやラーメンマンを仲間にしようと思えば相当勢力を拡大しなければならないのです。1996年に発売されたプレイステーション版なんかはとてもよくできていて、これを復刻してくれないかなと思ったりする。しかもオープニングやエンディングがアニメだし。

それからこの「水滸伝」、時代によってはお上に対する反乱を教唆する悪書として叩かれたり、文化大革命のときは、逆にその後お上に恭順したことが革命の挫折であり許されないと叩かれる。ただ、「四大奇書」の他の3作にはない、「権力に対する反乱」というテーマに惹かれ、これをまったく別物と言っていいほどに大胆にアレンジしたのが北方謙三の通称「大水滸シリーズ」。「水滸伝」全19巻、「楊令伝」全15巻、「岳飛伝」全17巻。合計41巻。「水滸伝」がフィクションなので、「岳飛伝」も岳飛や秦檜、金の四太子兀术ら実在の人物たちが、それぞれ史実とは違う運命を辿ります。
鳴り物入りで宣伝されていた、織田裕二主演「北方謙三水滸伝」のドラマが2月15日からWOWOWで放送開始。ただ私はWOWOWには入会しておらず、評判が良ければ後日ソフト化したときに観ようかなと思っています。織田裕二の宋江は結構合っているんじゃないかと思うのですが、晁蓋は痩身の宋江とは対照的にがっしりした体格の印象があったので、反町隆史はちょっとイメージが違っていました。反町は、今回の物語には登場しないようですが呼延灼や、続編の「楊令伝」から登場する蕭珪材辺りがピッタリくるような。個人的には「八重の桜」での大山巌のような、スマートで厳格な軍人のイメージがある。
ただ第一話に、宋江が表向き平凡な役人を演じていることを強調するためか、許礼という同僚が仕事のできない宋江を叱るという、原作にはないシーンが追加されているのにちょっと引っ掛かりました。許礼は北方版のオリジナルキャラクターで、父親が南京応天府の将軍という設定は原作と同じなのですが、続々編「岳飛伝」から登場する人物で、宋江との接点はまったくない。ドラマで玉山鉄二演じる李富が死んだ後、南宋の実権を握った秦檜が引き上げた人物で、北方水滸伝シリーズのラストである「岳飛伝」最終巻まで登場して梁山泊や岳飛と戦います。ちなみに父親も許定といって李富が見出し、「楊令伝」の途中、方臘の乱で戦死するまで活躍。原作の続々編の登場人物とはいえ全然違う役回りで出すというのも……。もしかしたら監督が個人的に好きなキャラクターだったので、特別に全然違う役回りで出したのか?坂口涼太郎演じる見た目は、一見して小役人風の原作のイメージと似ているし。
ドラマは李逵や李俊、呼延灼、秦明といった主要人物が登場せず、何より李富とは別の方向で梁山泊最大の敵となる童貫(私の脳内では配役は絶対國村準)が登場しない。まさかファイナルは映画で…などというオチではあるまいな?といっても地上波のドラマではないので興行的に難しいと思いますが。

ちなみに原作の連載当時、「マッド★ブル34」や「夜王」の作画で知られる井上紀良氏がコミカライズしており、全体のストーリーを追うのではなく、原作の、林冲や武松、楊志ら登場人物のエピソードの一部一部を切り抜いている形になっている。従って梁山泊VS童貫の最終決戦までは描かれていません。全3巻で今はブックオフ等で探してあるかどうか…ですが個人的にはかなり良くできた作品だと思います。特に第1巻の鮑旭のエピソードが白眉で、原作で鮑旭が、張俊(実在の人物)率いる官軍と激闘を繰り広げた末壮絶な戦死をとげ、敵将の張俊をして感嘆させたくだりを読んだ後、漫画で彼のエピソードを何度も読み返しました。あと3巻で、夫と息子を事故で失って気が狂った女性が、宋江によって正気を取り戻す場面。漫画を読んだ当時はまだ、この女性がその後「楊令伝」や「岳飛伝」の、とある主要人物の母親になるということは知らなかった。その辺りも加味して井上氏はあのエピソードを選んだのでしょう。「岳飛伝」の終盤、李俊が死ぬシーンは、人間こんな死に方ができれば最高だ、という最期でしたが、そのとき脳内に浮かんだのは、井上氏が描いた髭の大男が老いて静かに死んでいく情景でした。埋もれるには勿体ない作品。


ここではゲーム「水滸伝・天命の誓い」に登場する「一〇八星」以外の人物を、北方謙三「水滸伝」と対比させるというどうでもいい企画を。画像は光栄が出版したPC版の「ガイドブック」をスキャンしたもの。
潘金蓮
潘金蓮と西門慶は「金瓶梅」の主要登場キャラクターで、「金瓶梅」の「金」は金蓮の名前からとっています(「瓶」児、春「梅」というキャラクターが他にいる)。同作品は「水滸伝」のスピンオフ的な側面もあります。「金瓶梅」の金蓮も筋書きこそ違えど、人妻でありながら西門慶と密通し、夫を殺し、最後は「水滸伝」同様、義弟の武松に兄の仇として殺されます。「水滸伝」と「金瓶梅」では悪女であることは共通しているのですが、北方「水滸伝」では武松の兄嫁という設定は同じながら、西門慶は登場せず、金蓮のキャラクターも原典とは正反対で、貞淑で心優しい。ただ、それが故に起こった悲劇が武松の心に重くのしかかり、「楊令伝」の途中まで、武松は常に思い詰めた求道者のようなキャラクターに描かれています。ちなみに下はTony氏の描く金蓮。
金蓮

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北方「水滸伝」では、梁山泊の敵キャラクターのうち何名かは、原典とまったく違う設定で登場します。黄文炳もそのひとり。政府を陰から支配する秘密機関「青蓮寺」が擁する凄腕エージェントで、江州に知府(知事)として就任してきた蔡京のバカ息子・蔡徳章(ゲームでは蔡得章)をひと睨みで黙らせ、万余の官軍精鋭を率いて梁山泊と死闘を繰り広げるところは序盤のダイジェストのひとつ。ちなみに北方版には善人である兄の黄文燁は登場しません。

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ゲームでは「マカロニほうれん荘」みたいな顔で、しかも原典のエピソードを反映してまったくの無能、役立たず。ゲームで登場してかつ北方「水滸伝」でも登場する童貫配下の将はこの馬万里くらいなのですが、北方版は原典やゲームとは正反対に関勝に一騎打ちを挑んで互角に渡り合い、関勝にかなり腕がたつと唸らせ、最後は関勝の片腕を切り落とし、瀕死の重傷を負わせると同時に斬り殺される。結局関勝は帰陣後すぐに宣賛ら朋友に別れの言葉を告げて息絶えてしまうのだから、相打ちといっていいでしょう。

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原典には一〇八星でなくても、彼らに協力したりともに戦ったりする人物が結構います。費保は北方「水滸伝」では、上青、倪雲、狄成とともに李俊の子分として登場。この4人は初登場からはしばらく出番がないのですが、一度梁山泊が童貫に敗れて陥落し、一〇八星の同志が多く戦死した後の「楊令伝」から梁山泊の主要メンバーとして活躍。正式に梁山泊に加わらない原典とはその点でも異なります。ちなみにゲームでは上青は登場しますが、
倪雲、狄成は登場しません。

鄔梨
北方「水滸伝」では、威勝の富豪で田虎の支援者、瓊英の養父であるという設定までは原典と同じですが、梁山泊の策謀で田虎と仲違いし、拉致されて両眼を潰される。田虎が倒されて以降は
瓊英とともに梁山泊に入ります。ちなみに原典では梁山泊が北宋に帰順してから田虎が反乱を起こし、梁山泊が官軍として鎮圧するのですが、北方「水滸伝」では北宋の秘密機関「青蓮寺」が田虎を唆して反乱を起こさせ、梁山泊とやり合わせるという筋書き。北方版では瓊英の両親は田虎ではなく賊に殺され、その後鄔梨が引き取ったという設定なので、原典のように瓊英に殺されることはなく、瓊英に商人としてのノウハウを仕込んだり、楊令に物流のシステムを説明する等、シリーズ後半の梁山泊の在り方を形作る重要人物になります。また、「岳飛伝」の主要人物のひとりで、瓊英と張清の間の子・張朔(北方版オリジナルキャラクター)の人物形成にも大きな影響を与えています。原典では梁山泊に好意的だった宿元景が、北方「水滸伝」では強敵として現れ、梁山泊と激戦を演じた末戦死するのとちょうど対照的。

最近、昔のゲームをそのまま復刻して現行のゲーム機でプレイできるようになりました。ROMカセットのゲームは「レトロフリーク」のような汎用レトロゲーム機で遊べるのですが、問題はPCエンジンやセガサターンのようなCD-ROMのゲーム。元のゲーム機があっても、経年劣化でCDを読み込むレンズが駄目になってしまっているケースが結構多い。こういったものを現在権利を持っているメーカーが現行ゲーム機で復刻するわけです。中にはクラウドファンディングでリリースされることもあります。
PCのレトロゲームについては「PROJECT EGG」が有料で配信。権利を譲られたり貸与されているメーカーのものに限られますが、それでも日本ファルコムやスクウェア(現スクウェア・エニックス)等もゲームを提供しており、多くの名作を遊ぶことができます。現在はその一部がニンテンドーSWITCHでも遊ぶことができる。今回はそういった、今でもやろうと思えば現在の環境で普通にプレイできるレトロゲームを紹介。
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「夢幻の心臓Ⅱ」は1985年11月、クリスタルソフトからリリースされたPCゲームで、PC8801、PC9801、FM-7、X-1等で発売。「PROJECT EGG」から2025年11月、ダウンロード販売でSWITCH版がリリース。PC8801版のマル移植で、基本JOY-CONでプレイできますが、キーボードを要するところは、ZRキーを押せば疑似キーボードが出てくる。とはいえこのゲーム、疑似キーボードを要するのは最初にプレイヤーの名前を設定するときと、食料の購入数を入力するときくらい。
「Ⅱ」というからには「Ⅰ」もあるわけで、シリーズ最初の作品は1984年3月に発売。これも「PROJECT EGG」からSWITCH版がリリースされています。本格的RPGと銘打って、当時のRPGとは思えないくらい、細部まで作り込まれた作品なのですが、これが却ってゲームを複雑、面倒にさせ、不評を買ってしまった。画面も細かすぎて見づらいうえ、主人公が死ぬとセーブデータが消えてまた最初から…などというトンデモ仕様もあって、色々な意味で難易度が高い作品でした。
そこで「Ⅱ」は前作のシステムを大幅に簡略化。たとえば前作ではフィールドで農民や修道士、ごろつき等、人間と遭遇し、会話することもできました。しかも友好的に話しかけるとか威圧するとか会話の切り出しも選択できる……ただし、相手はあまり友好的ではなく、農民はフレンドリーに話しかけても鎌を持って襲い掛かってくる有様。そのかわり返り討ちにして殺して追い剥ぎのような真似をしても、「ウルティマ」のように罪に問われることもない。「Ⅱ」は一般人は街や城の中にしかおらず、フィールドにはいませんし、攻撃されることも、こちらから攻撃することもありません。
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「Ⅰ」では武器がランダムで壊れてしまう等のヘンにリアルなアクシデントもあったのですが、それもなくなりました―ただ、後述しますがこのゲーム、武器の有難味が薄い―。システムを大幅にスリム化して、敷居を一気に下げたのが「Ⅱ」です。
「Ⅱ」は「Ⅰ」のエンディング直後の物語。「Ⅰ」では、戦いで瀕死の重傷を負った主人公が、今わの際に神を呪ったために、その罰として「夢幻界」という異世界に落とされて、「夢幻の心臓」を手にすることによってそこから脱出しようとする話。ところが脱出しても元の世界には帰れず、「エルダーアイン」という別の異世界に飛ばされるのです。そして「エルダーアイン」を恐怖に陥れている暗黒の皇子―ゲームでは「まじん」と呼ばれる―を倒して今度こそ元の世界に帰ろうというわけです。
クリスタルソフトは「Ⅰ」と同じ年に「リザード」というダンジョンRPGを出し、好評を博しました。呪いをかけられた姫を救うため、呪いを解く方法が記された「真実の書」を取りに10階立ての「リザードの塔」へ向かうという筋書き。ところが主人公が「真実の書」を持ち帰ったところ、王様はアスピックという魔王に騙されて姫を奪われてしまっていた。そこでアスピックを倒して今度こそ姫を救いに行くというのが続編の「アスピック」。前作の労苦は何だったんだ…という展開は「夢幻の心臓」と同じ。ところがこの「アスピック」、とんでもないエンディングが待っていた。「リザード」はファミコンに移植されなかったのですが、続編「アスピック」はディスクシステムでボーステックからリリースされて、エンディングも同じ。そういえば「地球戦士ライーザ」(エニックス・現スクウェア・エニックス)も悲劇的結末で、ファミコン版「銀河の三人」(任天堂)でも同じでしたが、「アスピック」の悲惨さは次元が違う。「救われない」の更にもう一段上をいっている。PC版で「リザード」から続けてプレイした人は、暫く茫然自失だったに違いない。もしかしたらある種のカタルシスに浸ったプレイヤーもいたかもしれません。今でもゲーマーの間で語り草なので、「アスピック」でググってくれればすぐにわかります―ちなみに「リザード」も「アスピック」も「PROJECT EGG」を通じて現在プレイすることが可能。
「夢幻の心臓Ⅱ」はちゃんとハッピーエンドなので安心してプレイしてください
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「ウルティマ」や後の「ドラゴンクエスト」同様、俯瞰形式のフィールドマップ。平原だったら遠くまで見渡せますが、山などに遮蔽されると、その向こうは真っ暗で見えない。森の中だと周囲1マスしか見えません。敵との遭遇はドラクエと違ってエンカウントではなく、マップに現れているのですが、何せ先が見えないものだから不意に遭遇してしまうことも度々(とはいえ奇襲を受けるわけでもない)。この視野の狭さは「エルフのがんたい」というアイテムや魔法によって広げることもできるのですが、継続時間が長くないので、基本狭い視野の中うろつくことに。救いはマップ自体極端に広大ではないので、地形の特徴を覚えれば迷うこともなくなります。

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上が「Ⅰ」の戦闘シーンで、下が「Ⅱ」。
前作との大きな違いのひとつが、前作は初代「ドラゴンクエスト」同様1対1のタイマンバトルだったのが、敵味方ともに複数の集団戦に。お馴染みのターン制バトルですが、必ずこちらが先手でパーティー全員行動した後、敵グループの行動に入ります。素早さで順番が変わるわけではないので、敵の先制攻撃を受けることもありません。あと、「ぼうぎょ」を選べば絶対に敵の攻撃をかわせる(ただし、魔法や特殊攻撃は必ずしもかわせるとは限らない)。親切なことに「にげる」で失敗しても、他のゲームのように敵集団に無抵抗でフルボッコにされるわけではなく、通常攻撃は必ずかわしてくれます。
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パーティーメンバーは基本、街で仲間にしてくれと言われて、仲間にするかしないか選択します。5人メンバーですが、仲間になってくれるキャラクターがいて(総勢39名)、種族や職業も色々。ただ、ゲーム途中で救い出すシルヴィア姫は後半、進行上パーティーに入れなければばりません。入れ替えも自由なのですが、全員レベル1で、能力もあまり違わない。戦士系や僧侶系、魔術師系である程度レベルが高くなれば固定してもいいでしょう。ただ、進行上、操船ができる船乗りもしくはヴァイキングは一度はパーティに加える必要があります。盗賊は必要ありません。宝箱を開けるスキルを持っていますが、僧侶の魔法で開けることもできるし、少しのダメージで強引にこじ開けることも可能。ただ強盗という物騒な職業の人もいて、戦闘要員としても使えるので、強盗は仲間にしていいかも。
人数分食料が必要になりますし、相手によっては賃金がかかる者もいますが、後半は食料やお金に困ることもあまりないので、1日1ゴールドなら大して負担にはなりません。あと面白いのは、別れるのも自由で、その後レベルや所持品はそのままで再会できるので、再度仲間に加えることもできるのですが、「しんらいど」というパラメーターがあり、街とか城とか、安全なところで別れないとそのパラメーターが下がってしまう。確かに迷宮とかモンスターのうろつく所でひとり放っぽり出されたら恨まれるわな。
仕方ないから仲間になってやる、みたいなツンデレな者もいたり、出会いは結構面白いし、種族や性別もあるのですが、惜しむらくは先述したように初期能力に大きな差異はなく、顔グラフィックもパーティーに加えて以降の会話シーンもないので、基本的に皆おんなじ。

40年前のゲームだけにアラも多いのですが、それも含めて楽しむのがレトロゲーム。クソ面倒な迷宮を彷徨った挙句目的のアイテムを手に入れたはいいが、ワープして地上に戻れるなどという便利な魔法やアイテムなどなく、長い時間かけて同じルートを戻らないといけない…とかありますが、そこは許容範囲。ショートカットなどというものは、「タイパ」とかいって楽したい21世紀ゲーマーの堕落の産物(とはいえあるにこしたことはないけど)。それでもシステム的にちょっと不満だった点を幾つか。

欠点1―武器防具のウェイトが低い
武器や防具は街で購入するのですが、人間の世界もエルフの世界も売っているものは同じ。しかも中盤、職業関係なく装備できる「せいなるつるぎ」を最大5本手にすることによって、これでパーティーの武器は事足りる。あと防具は「ローブ」や「じゅうかっちゅう」といった、普通の防具の他に「ちからのおび」、「せいれいのまもり」といった宝箱で手に入るアイテムがあり、これも防具。ただこのゲーム、装備できる防具はひとつだけ。盾や兜といったものが存在しない。だから「ちからのおび」を装備すると鎧を脱ぐことになり、イメージ的には「素っ裸に帯……相撲取り?」になる。ちなみに最強の防具は「ちからのおび」なのですが、これも職業の制限はなく中盤にパーティー分揃えることができるので、以降装備を考える必要がない。
従って以降、宝箱を開けても「今更」な、必要ない武器防具がいっぱい出てくるのですが、売って金にできるならまだ救いがある。ところがこのゲーム、「Ⅰ」にはあったアイテムを売る、というシステムがないのです捨てるというコマンドもなく、所有限度数をオーバーしてようやく捨てられる、もしくは「ぎんこう」という施設に預けるしかない。従って後半は開ける必要もない…と言いたいところですが、進行上不可欠なキーアイテムもあるので、ハズレばかりでも片っ端から開けていかないといけないのです。せめて金が入っていればよかったのですが、このゲーム、金が入った宝箱はないのです。
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欠点2―魔法が役に立たない
魔術師の使う攻撃魔法は破壊力がまるでない。ドラクエなら「イオナズン」、ウィザードリィなら「ティルトウェイト」に相当する最強の集団攻撃魔法「いかずちよ おちろ」がまったくもって弱い。どれくらい弱いかというと、HP3の吸血コウモリの群を殲滅できないほど弱い。相手の戦闘能力を弱める魔法もありますが、大体の敵はそんな回りくどいことしなくても力技で何とかなるし、魔術師は体力が低いので、ドラゴン等強敵に魔法をかけたはいいが、無防備なところを一撃喰らって…というリスクの方が強い。僧侶の回復魔法も、乱数の振り幅が大きく、HPが全回復することもあれば、1しか回復しないこともあり、アテにならない。私は僧侶なしでクリアしました(回復は「きずぐすり」を魔術師やシルヴィア姫に多数持たせた)。ただ、魔術師はラストバトルで、敵の回避能力を下げる呪文が非常に有効なので、いた方がいいでしょう。あと、敵も魔法を使ってくることがありますが、幸いかな集団攻撃魔法は使ってきません。
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他にも所々穴はあるのですが、序盤の難易度が高く不評だった前作への反省から、序盤のとっつき易さにかなり注力しています。前作は、序盤の百姓相手でさえ勝てずに鎌で殺されるというキツさでしたが、「Ⅱ」はレベルが低くても楽に倒せる相手はウヨウヨいるので、戦闘も地道にレベル上げしていけばそれほどキツくない。迷宮がかなり意地悪な作りになってはいるものの―そこは攻略サイトのマップに頼った―、街の人からしっかり情報収集しておけば、ストーリーの進行に躓くことはほぼないでしょう。当時のゲームによくあった袋小路も、わけもわからず即ゲームオーバーのような理不尽さもありません。これはおそらく、「Ⅰ」が難し過ぎて不評だったことと、先述した「リザード」のシンプルさが好評だったこと―私も中学生時代プレイしましたが、ウィザードリィ等様々なRPGをプレイした後だったので、物足りないくらいシンプルだった―も影響しているでしょう。

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40年前のゲームですが、クリアしてみせました―迷宮のマップは攻略サイトに頼ったけれど―。
このゲーム、翌年の「ドラゴンクエスト」を作った堀井雄二氏や、「桃太郎伝説」(大ヒットシリーズ「桃太郎電鉄」の前身)のさくまあきら氏が参考にしている等、よく出来た、今でこそ評価されているゲームでしたが、実はセールス的にはいまひとつでした。というのも、出した時期があまりに悪かった。
ほぼ同じ時期に、日本ファルコムが「ザナドゥ」というRPG史に燦然と輝く名作を出し、すっかりその陰に隠れてしまったのです。ちなみに「ザナドゥ」は現在の同社の看板タイトルである「軌跡シリーズ」の直系の先祖にあたります。ただ、そんな不遇な「夢幻の心臓Ⅱ」も、日本のRPG史において、避けて通ることのできない偉大なゲームなのです。

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オマケ。上は「夢幻の心臓Ⅱ」のモンスター。下が1988年にリリースされた「マイト&マジック BOOK1」の日本版(日本版はスタークラフト。海外のオリジナルは1986年)のモンスター。何か似てません?

アダルトカテゴリに登録しているからには、そろそろ昔のエロゲーレビューの続きを記さねばと思いながらも、ついつい「信長の野望・戦国群雄伝」のマイナー武将を採り上げたくなるのです。今回は「小笠原」特集。「戦国群雄伝」には小笠原貞種、小笠原氏清、小笠原康弘と出自の違う三人の小笠原さんが登場するのですが、三人ともドマイナーで能力も低い。うち、貞種は以降のシリーズにも度々登場するのですが、氏清は「戦国群雄伝」とその次の「武将風雲録」まで。康弘は「戦国群雄伝」にしか登場しません。こんなマニアックな小笠原さんでも、掘り下げると結構面白い。貞種は以前紹介したので、今回は残りふたりの小笠原さんを。

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シナリオ1で今川家家臣として登場。別名氏興。高天神城城主。父は貞種と同じ信州小笠原氏の一族で、母は今川氏親の娘といわれますが、母親については議論あるそうです。事実なら今川義元の甥。1569年、徳川家康が遠江に侵攻してくると、主の今川氏真を裏切って、家康の掛川城(駿河を武田信玄に奪われた氏真が拠った城)攻めに加わります。そのまま徳川家に仕えるのですが、ほどなくして病死。それだけのプロフィールしかなく、従ってゲームでも政治28、戦闘36とまったく目立たないのですが、問題は氏清の息子。
息子は氏助といい、「武将風雲録」では小笠原長忠という別名で、徳川家臣として登場します。姉川の合戦では1千の軍を任されるほどの武将で、政治51、戦闘59と「風雲録」でも使えない親父(政治26、戦闘45)より優秀。1574年4月、武田勝頼が高天神城を攻めると籠城して果敢に迎え撃ちますが、まだ長篠の戦いの前で、信玄から代は替わっても武田軍は精強でした。家康に援軍を要請するも、その家康が今度は信長に援軍を要請。この事態は徳川家だけでなく織田家にとっても危ないよと言ったつもりなのでしょうが、三方ヶ原のトラウマなのか、自身は援軍を出そうとしない。氏助は一か月以上頑張りましたが城内の郭(くるわ)も次々と陥とされて追い詰められ、信長が重い腰をあげ、6月17日に三河吉田城に入った6日前の11日に開城降伏。まぁ降伏は仕方ない。ただその後がまずかった。
降伏が許された武将は、城を退去して主の元に帰るか近隣の城に移るのが普通なのですが、氏助は勝頼に重臣として取り立てられ、新たに「信興」という名まで与えられた。「信」という字は武田家の一族みんなの名前についている所謂「通字」で―当初諏訪家を継ぐ予定だった勝頼には「信」ではなく諏訪家代々の通字「頼」がついている―、改名は厚遇の証なわけです。こうして勝頼は遠江の元今川家臣たちに、徳川家より自分についた方が得だよとアピールしました。現に家康は苦境にあった氏助改め信興を見捨てたのだから、徳川家についている旧今川家臣たちに動揺が広がる。
弱い方から強い方に移り、しかもその強い方に厚遇されたのですから、信興を責めるのは酷なれど、歴史は信興に酷な運命をもたらしました。長篠の戦いを機に形勢は逆転。遠江での勢力圏を徳川家に侵食されるようになると、信興の所領は駿河に転封され、高天神城の守将も依田信蕃に交替。これは再度信興が徳川方に寝返るのを防ぐためだったといわれています。心底では信頼されていなかったということ。その後高天神城は旧今川家臣の岡部元信が引き継いだのですが、徳川軍に攻められて落城、岡部以下城兵は玉砕。岡部は勝頼にしきりに援軍を要請したのですが、北条家と敵対して(長く同盟関係にあったのですが、上杉謙信の後継者争い「御館の乱」で、北条氏政の弟である景虎ではなく景勝に味方して北条家と絶交)身動き取れない勝頼が結果的に見殺しにした。これが駿河や信濃の武田方の豪族たちを動揺させる結果に。皮肉にも信興が降伏したときと同じ状況が再現されたのです。
信興の最期は諸説あるのですが、武田家滅亡後、北条家を頼って落ちのびたものの、当時信長との衝突を避けたい北条家が信興を殺したとも、北条家と徳川家が婚姻関係を結んだときに、家康の要請で北条家に殺されたとも、その北条家が滅亡した後家康に捕らえられて処刑されたとも、どれも悲惨な最期。父親と息子、二代にわたって積極的に敵方に寝返ったのですが、それが信用をなくしたのかもしれません。ちなみに信興(長忠)も「武将風雲録」にしか登場しません。

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シナリオ2で北条家家臣として登場。「康広」が一般的というか、もしかして「康弘」は誤植?実は北条家の一門衆。

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ゆうきまさみの漫画「新九郎奔る!」に登場する、伊勢新九郎の正室・ぬいの父親で室町幕府奉公衆の小笠原政清が康弘の先祖。系図としては政清→元清→元続→康弘となります。元続の代に従兄弟の北条氏綱(新九郎とぬいの間の子。元続にとってぬいはおば)を頼り小田原に移住しましたが、代々幕府直臣だった強みもあって京都と縁が切れたわけではなく、北条家の関東支配を幕府や伊勢家(幕府政所執事で新九郎の実家)に認めさせるための交渉役を務めました。当時はまだ、奪い取ったらハイおしまい、というわけにはいかなかったのです。
元続の息子である康弘は三代目当主・北条氏康の養女(若くして病死した氏康の弟、為昌の娘)を妻に迎え、氏康の「康」の字をもらいました。従って北条家の中ではかなりの立場なのですが、ゲームでは政治30、戦闘47、魅力24、野望25のどうでもいい数合わせのような扱い。おまけに史実では1531年生まれとされるのですが、ゲームだとなぜかシナリオ2開始の1582年の時点で23歳。「新九郎奔る!」では、小笠原政清は有職故実に精通しているという設定なのですが、曾孫の康弘もそこを北条家にあてにされていたようで、信長存命時から笠原政晴とともに徳川家との交渉役に任じられ、徳川家康の娘・督姫が北条氏直に嫁ぐときは、北条家代表として浜松まで迎えに赴いています。北条家滅亡後は、氏直に従い高野山に入りますが、氏直死後、加々爪政尚(旧今川家臣)の仲介で徳川家に仕えています。1598年死去。
息子の長房は旗本として徳川秀忠に仕え、秀忠屈辱の上田城攻めや大阪の陣にも随身。やはり小笠原家は有職故実の家らしく、長房は千姫の娘—秀忠の孫—と当時鳥取藩主だった池田光政との婚姻に際し、池田家に幕府の使者として赴き、そのときの手際が良かったのか、後に俸禄の加増を受けています。ちなみに後に光政が岡山に転封されたとき、交替で岡山から鳥取に移封されたのが光政の従弟・光仲。この光仲の祖母は、かつて康弘が駿府まで迎えに行った督姫。北条家滅亡後、池田輝政と再婚したのです。輝政も再婚で、光政は前妻(中川清秀の娘)の孫にあたります。


オマケ。小笠原康弘が仕えた北条氏直なのですが、シナリオ1と2で顔グラフィックが違う。
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上が、ゲーム途中で元服して登場するシナリオ1の氏直。下が最初から登場するシナリオ2の氏直。シナリオ1はオリジナルの顔グラフィックなのに、シナリオ2は小笠原康弘とあまり変わらないモブ顔。画像はPC9801版なのですが、最初のPC8801版(98版は88版の4カ月後に発売)から同じで、更にパソコンに限ってはそれ以降に移植された他の機種でも同じ。移植に際して直さなかったのかな?



どうもある歴史上の人物を主人公にしたゲームが物議を醸しているようで。
フランスのUBIソフトが11月15日に、PS5並びにパソコンで発売する「アサシンクリード・シャドウズ」というゲーム。「アサシンクリード」は様々な歴史、場所を舞台に暗殺者が活躍するシリーズで、日本では現在スクウェア・エニックスが流通を担っています。シリーズ最初は十字軍で、ルネサンス期のイタリアを舞台にした2が最もヒット。ところがアメリカ独立戦争を舞台とした3がコケてしまい、以降フランス革命、産業革命時のイギリス、ヴァイキング、古代エジプト、中世イスラム世界等シリーズが展開していったのですが、マンネリ化してしまったのか、かつての勢いはなくなった。起死回生?か、舞台をはじめて東アジアに移し、日本の戦国時代を舞台にしたのが今秋発売される「アサシンクリード・シャドウズ」。数年前に、元寇でモンゴルに支配された対馬を解放すべく、一族の殆どを殺された武士が暗殺者に近い戦いを繰り広げる「GHOST  OF TSUSHIMA」(ソニー・インタラクティブ・エンターテインメント)がPS4で大ヒットしたことに触発されたのかもしれませんが、「GHOST OF TSUSHIMA」が基本架空の登場人物で占められているのに対し、「アサシンクリード・シャドウズ」のふたりの主人公のうちの片方が織田信長に仕えた黒人・弥助。シリーズで実在の人物が主人公になったのは弥助がはじめてなのですが、この弥助の扱いが議論になっているのです。

そのうちのひとつは、弥助という、存在していたことは確かだが、実像がわからない人物を、唯一無二の「黒人のサムライ」として日本国外に周知させたとされる日本大学准教授のトマス・ロックリーが、著書の中で、日本に5千人の黒人奴隷がいて、日本の名士の間で黒人奴隷を使うことが権威の象徴として流行したと記述し、このどこから湧いてきたのかわからない根拠不明の論述が、日本人が黒人奴隷を使役したような誤った歴史解釈を西洋人に与える―そのような妄説を唱える者の論を参考にして、日本を舞台にして黒人を主人公にしたゲームを作り、世界に発信することは歪曲された日本の歴史を広めることに繋がりかねないのでは?ということ。UBIソフトがどこまでトマス・ロックリー准教授の論述を参考にしているかわからないのですが、少なくとも、侍としての弥助を描くに際し、ロックリー准教授の影響は少なからずあるでしょう。
現実では、弥助に対する資料は少なく、まずはフランソワ・ソリエの「日本教会史」(1627年)。それによると、モザンビークの出身で、日本で布教活動を行っていたイエズス会宣教師ヴァリニャーノがインドから連れてきたところ、信長が譲り受けたと記述されています。ルイス・フロイスらの報告書では、信長は黒い肌を見て、シャネルズのように肌を墨で塗っているのではないかと疑い、肌を磨かせたところ、黒が落ちるどころか、更に妖しく黒光りしたため、すっかり気に入ってヴァリニャーノに所望したらしい。太田牛一(うしかつ)の「信長公記」では1581年2月23日付(今の暦で3月27日)で、

—切支丹の国から黒人が来た。年齢は二十六か七ぐらいに見えた。この男は全身が牛のように黒く、健康そうで立派な体格であった。しかも力が強く、十人力以上である。伴天連が連れてきて、信長に挨拶させたのである。誠に信長の威光で、古今知り得なかった三国の名物や、このような珍しい人物を近々と見ることができて、ありがたいことである。
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この現代語訳はKADOKAWA刊の中川太古氏によるもの(1992年。写真は2019年の再々版)。この本には「弥助」という名や、その黒人が信長に仕えたことは記されていませんが、他の資料と整合するに、このとき信長がヴァリニャーノに所望したようです。ドラマや漫画ではずっと以前から仕えていたように描かれていることもありますが、信長に仕えていた時期は実はごく短い。「信長公記」は牛一が何度も訂正したり加筆したり、後に子孫が、自身が仕える大名にとって都合の悪い話をカットしたりと色々なバージョンが存在する。加賀前田家が所蔵する、牛一の子孫である加賀大田家に伝わった写本(牛一直筆のオリジナルのコピーである可能性が高いらしい)では更に「弥助」という名前とともに、信長の道具持ちをしていたこと、屋敷と短刀を与えられたことも記されているそうです。
問題は、この弥助がゲームでは侍として扱われているが、実際のところはどうなのか?先述のロックリー史観をそのまま鵜呑みにしているのではないか?ということ。ゲームに限ればコーエーテクモの「戦国無双」、「太閤立志伝5」等、それ以前にも弥助は登場しているのですが、信長の家臣ではあっても侍としてはっきり描写はしていません。ゲームなんだから彼の身分について真剣に突っ込む必要はないのでは?と思うのですが、どうもUBIソフトが不必要にリアルさを追求したようなことを言ったものだから物議を醸すようになった。現にそれまでの作品の中には、極限まで当時の世界を再現したリアルさが大絶賛を受けたものもあり、却ってそれが今回の考証の杜撰さをより際立たせることになってしまったようです。

これには色々と議論ありますし、確かにゲーム動画を見ると「何だこりゃ?」ですが、畳が真四角だとか一部資料を盗用しているとか武士というかバーバリアンみたいな戦い方とかetc...はともかく、弥助の身分だけに限って私の見解をば。結論から言えば、弥助は侍、もしくはそれに等しい地位にあったと見ていいと思います。
信長が弥助を、単に黒い肌を気に入って譲り受けただけなら、すぐに飽きて手放して、以降歴史書に登場することはなかったでしょう。しかし実際には「信長公記」写本以外にも、数は少ないのですが、第一次資料(歴史資料としての価値が高いもの)と認められる幾つかの資料にその後の彼は登場している。関ヶ原の合戦の際、鳥居元忠、内藤家長、大給松平近正とともに伏見城に籠城して玉砕した深溝松平家忠の日記「家忠日記」の1582年
4月19日(今の暦では5月11日)の記述に、「弥助」という名とともに、信長の甲州(武田家)征伐の際に随身していたときの様子が詳述されていて、推定年齢や体格は「信長公記」と一致しています。実際の戦闘は息子信忠が済ませており、信長がまだ美濃にいるうちに武田勝頼は自刃して果てました。従って信長は検分に赴いたに過ぎないのですが、残党によるテロのおそれは充分にあり、肌が黒いだけの見世物ならわざわざそんな危険な場所に連れて行かない。護衛の役割も兼ねていたでしょう。ちなみに4月10日に信長は甲府を発っているので、家忠が弥助を見たのは信長の帰国途上です。
また、弥助は日本語が幾らか話せたそうで、信長が度々弥助と会話をして楽しんだという記述がフロイスの書簡にあります。「黒人奴隷」というと世界史で学んだ、コロンブス以降スペイン人の中米原住民の虐殺、過酷な強制労働よって人口が大幅に減少した穴埋めに、アフリカの沿岸集落で拉致して奴隷船に詰め込み、中米に送って原住民に代わって強制労働させた…という凄惨なイメージが強いのですが、一言で「奴隷」といっても幅広い。古代ローマでは奴隷が主人のボディーガードや秘書であったりする。ユリウス・カエサルが共和政派に殺された後、そのまま現場に放置された遺体を、勇気を持って抱えて帰ったのは彼の奴隷でした。またアラブでは奴隷たちによる国王の親衛隊が組織されました。オスマン・トルコのイエニチェリ軍団が有名で、北インドのアイバクのように、マムルークという奴隷軍団を振り出しに出世して将軍になり、最後は独立して王朝を建てることもありました。中国明の時代、洪武帝の命を受け7度にわたって大航海を成し遂げた鄭和も、元は去勢されたイスラム教徒の奴隷といっていいでしょう。
まず日本語が話せるということは、
ヴァリニャーノからそれなりの教育を受け、弥助にそれを吸収する素地があったということ。それに、単にカタコトの日本語を話せたというだけなら信長もすぐ飽きる。たとえば滞在していたインドの風土文化等、信長が興味を示すような情報を多く持っていて、それを言葉で表現できたということでしょう。日本語をどれだけ話せたのかはわかりませんが、世界情勢のような込み入った話はロレンソのような通訳を介して会話したのかもしれません。それでも信長を会話で楽しませるだけの知識教養があり、「十人力以上」だったことから、元々ただの奴隷ではない。おそらくはヴァリニャーノのボディーガード兼秘書のような役割を果たしていたのでは?

一部では「侍」と武士を厳密に区分し、「侍」は武士の中でも上位階級で、弥助を「侍」と称するのは日本の歴史と文化に対する深刻な侮辱だから、「アサシンクリード・シャドウズ」は発売中止にするべきだという署名が行われているとか。時代劇や時代小説で浪人相手に「お侍さん」と呼ぶことは多々あるのですが、正しく区分すれば、武士は職業軍人一般を指し、侍はその中でも貴族や領主に仕えている「宮仕え」を指します。弥助は信長に仕えていたことから、侍と位置付けていいのでは?否定派は写本の「信長公記」に記されている「道具持ち」という言葉にこだわっている節がありますが、屋敷と短刀、そして俸禄を与えられているということが併記されていることから、単なる道具持ちではなかったことは明白。苗字がないことも否定の根拠に挙げられますが、信長はいずれ領地を与えるつもりだったらしく、それが事実ならウイリアム・アダムスが徳川家康に三浦の地を与えられて三浦按針と名乗ったように、与えられた土地の名が苗字になる予定だったのかもしれません。もうひとつ言えば「地侍」という戦国期の身分があり、一応大名や有力な豪族の麾下にあったのですが、半士半農みたいな側面が強く、署名で訴えるほど「侍」という呼称が仰々しいものとは私は思っていません。

イエズス会の報告書では、弥助は本能寺の変で信長とともにあり、信長の死後、今度は信忠の許に行き妙覚寺で戦ったとありますが、信長が死んだ後で信忠の許に行くというのは考えづらい。それについては信長が明智光秀謀叛の報を妙覚寺にいる信忠に知らせるため弥助を派遣したともいわれますが、そちらの方が正しいでしょう。勿論弥助ひとりでなく、数名派遣したうちのひとりでしょうが、重要な任務であり、本能寺から妙覚寺への道筋がわかることがまず大前提。徒歩では間に合わず、おそらく騎乗かと。侍以外に任される使命ではない。ただ、妙覚寺で戦ったというのは間違いで、信忠は妙覚寺では到底防げないということで、二条城へ移って戦っています。弥助もそれに同行したのでしょう。
二条城では信忠とそれに従う猪子高就、団忠正、斎藤長竜、野々村三十郎ら多くの側近、そして京都の行政を一手に担っていた所司代・村井貞勝と息子貞成が激戦の末戦死。弥助も武器をとってかなり長い間明智軍と戦っていたのですが、名前は不明なれど明智軍の武士のひとりが弥助に近づいて降伏を促し、弥助はそれに従ったそうです。明智軍の武士が何を言ったのかはわかりませんが、守るべき信長、信忠父子はすでに死に、戦う意味はなくなったと告げたのかもしれません。否定派はたかだか1年ちょっと―信長が弥助を引き取ったのが1581年4月14日とあり、本能寺の変が翌年6月22日(ともに今の暦)—で信長が弥助を侍に取り立てるか?と言いますが、逆に侍でなければここまで戦うことはない。侍に取り立ててくれたからこそ、それに報いて最後まで武器を振るったのでしょう。弥助は信長が自分を奴隷ではなく「騎士」として扱ってくれていると感じていたのでは?
さて弥助の処遇に困ったのが明智光秀。まず日本人ではないから切腹という観念がない。もし弥助がキリスト教徒なら自害などもってのほか。かといって斬首しようものなら、信長主催の弥助お披露目会—信長は自慢のものや珍しいものは、大々的に他人に見せびらかしたい性向がある―に大挙して押し寄せ、乱闘騒ぎにまでなった京童たちが、信長、信忠父子に従って最後まで戦った異国人に何てひどいことをするんだ、明智日向守は血も涙もないのかと罵り、世評は一気に落ちる。では助命するとして、主君のために最後まで戦った天晴忠義者と讃えれば、だったらその主君を殺したお前は何なんだ?ということになってしまう。苦し紛れの理由が、

—黒奴は動物
で何も知らず、また日本人でもない故、これを殺さず。インドのパードレの聖堂に置け。

ただ、黒人が人間以下の「動物」で知能が低い、などという当時のヨーロッパ人が持っていた(?)黒人観を光秀がここまで明確に知っていたかは疑問。宣教師や商人が黒人奴隷を随行することはあったものの、彼らの大半が弥助のように何かしら技能を持っていたり護衛としての役割を担っていた。光秀が弥助以外の黒人奴隷を見たとしても、語弊はあれど上位の奴隷たちで、スペイン人によって中米に送られた哀れな奴隷たちの話を伝え聞いていなければ、「動物」という単語が光秀に浮かんだとも考えづらい。私の憶測では、弥助は信長がヴァリニャーノから「借りていた」からとりあえず返した、ということにしたのでは。黒奴云々は後付けもしくは後世の創作かと。
そういえば、ウイリアム・アダムスの生涯を描いた白石一郎の小説「航海者」の中に、コロンブスが、非西欧の原住民を文明人か野蛮人かを区別するのに4つの判断基準を作ったらしいとあり―本当にコロンブスが作った基準かどうかは怪しいと白石氏も作中記している―、当時の航海者たちはそれを基準に略奪を行うかどうか決めたらしい…のですが、大概は略奪になる。

—衣服と羞恥心、文字と書物、宗教と信仰、社会の仕組み。この四つの条件を一つも満たしていない住民は野蛮人と見なしてよいというのだ。それ以来、スペインやポルトガルの航海者は、コロンブスの基準に従って、各地の原住民と対応してきた。(白石一郎「航海者 三浦按針の生涯」より)

野蛮人≒動物といったところか。そんなもの遭遇してすぐにわかるはずもなく、要は略奪するための大義名分といったところでしょう。結局作中アダムスが乗った船もこの「基準」に従って原住民を殺し略奪を行います。
弥助が教会—所謂「南蛮寺」で治療を受けたことまでは記録に残っていますが、以後の消息は不明。それがイマジネーションを駆り立て、壮大な冒険譚がフィクションとしてアニメ等に描かれている。

当時の黒人奴隷で、日本人に貰ったとはいえその名前と存在を後世に残したのは弥助ただひとり。記録に残っているのはわずか1年とちょっとですが、その短い記録がここまで膨らんだ。共和政派に捕まる危険を冒してまでカエサルの遺体を持ち帰った勇敢で忠誠心ある奴隷の名前すら歴史には残っていないのに。
ちなみに谷口克広氏の「織田信長家臣人名辞典」の中に弥助の名はありませんでした。

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